近畿調査
トップページ 弊社システム 調査項目 料金に関して 会社案内 お問い合わせ

神戸市の興信所 近畿調査株式会社 神戸・大阪を中心とした探偵事務所です。ストーカー対策や浮気調査や人探しの事ならお任せ下さい。

トップページ
 
English
調査会社の選択方法
公開調査
探偵トピックス
検査薬販売
非行テスト
浮気テスト・男性
浮気テスト・女性
リンク
掲載書籍
プライバシーポリシー
お問い合わせ

近畿調査株式会社
【神戸本社】
兵庫県神戸市中央区江戸町
98番1東町江戸町ビル205号
Tel:078-393-3034
E-Mail:kobe@kinkit.com

【大阪支社】
大阪府大阪市北区西天満6丁目
1番2号千代田ビル別館4階
Tel:06-6362-3034

大震災と調査

平成7年1月17日午前5時46分、未明の「激震」が300万人の運命を変えた!

阪神地方を襲ったマグニチュード7.2の直下型大地震です。被害は兵庫・大阪を中心に 死者6425人、 傷者約3万4900人、倒損壊家屋約24万棟、焼失家屋約7400棟となり、死者は福井地震(1948年)の 3769人を超え、関東大震災(1923年)に次ぐ大惨事でした。

我が家は全壊して被害は甚大であり、私自身は箪笥が飛んできて額に直撃、顔面血だらけで乗用 車に逃げ込み避難しました。何が何だか解らないまま呆然のなか、職務に忠実な当社の調査員から の携帯電話によって初めて大地震の概要を知りました。話の用件は、地震のため追跡調査の現場へ定刻に到着できるかどうかが心配で電話してきたのです。

当日の調査は全てキャンセルになった事は言うまでもありません。 しかし、被害の無かった地域からの調査依頼は容赦なしで、首を長くして結果を待って居られるますので、当社は可能な限り出勤できる人員を確保して、調査を再開いたしました。

阪神大震災の影響によって、当初5〜6ヶ月は圧倒的な件数の所在調査や安否確認の調査依頼がありました。それも、従来の常客や顧問弁護士からのご紹介ばかりで、そのほかでは手紙での一方的な意にいが殆どでした。この調査は地震による交通渋滞から移動時間の予測不可能のため、自転車 と単車を利用して駈けずり回ったのです。 大学生など単身者の安否確認が多く、この時期は被災者の一体感によって警戒心は全く無く、簡単に調査結果がでました。

全国からボランティアで被災地に救援に来ていただいている状況下において、当社を従来から支えていただいた方々、またそのご紹介からの所在調査を約半年間、調査料金をいただかずに実費だけで調査させていただきました。被災地での安否は誰でも簡単に判明する調査ばかりでしたので、プロにとっては 多くの経費もかからず、当時はほかの調査依頼が少なかったこともあって調査料金の無料が実現できたのです。

約1000件くらいの調査を扱い、実費請求を行った結果、驚いたのは生存確認された殆どの依頼者から、分厚いお礼の手紙と同時に実費以外の謝礼金が同封されてきた事です。 これほど感謝され喜ばれた事は、調査業歴25年の中で初めてのことであり、これから先においても無いことであろうと自己陶酔しておりました。しかし、死亡が確認された関係者からの悔しさや虚しさがにじむお便りには涙が溢れるくらい心打たれ、同時に自然の怖さと人間の無力さを感じました。

また、震災前から家出・所在調査で捜索中の対象者が、家族の安否を案じた本人から連絡があった り、震災の死亡者欄によって安否が判るなど、この時期はもっとも高い発見成功率でした。

震災直後に多かった家出・所在調査の依頼が減り始めると、反転して素行調査が増えはじめました。 特に夫の浮気調査が多く、100%近くの成功率でした。震災によって家庭では一般に家族の絆は深くなったのですが、それまで疑われなかった会社経営者や幹部社員の浮気は震災によって疑いが一気 に浮上したのです。 もし震災が無ければ生涯隠し通せたと思われるケースです。

たとえば、――

◎ 忙しく全国、世界を駆け回っていると思わせていた夫。その浮気外泊が震災を機に発覚したケース。

◎ 震災直後、通勤が出来ないという事情で会社に寝泊りすることが多くなり、その事を理由に震災の怪我入院中の愛人を見舞っていた。

◎ 心細くなった愛人宅への寝泊りが多くなり、妻の不審をまねいて浮気が発覚したケース。

その中では、小説やドラマになってもおかしくないような事件がありました。

 

人 の 2 倍 を 楽 し む 代 償

貿易会社の社長で芦屋に居住する60歳のA氏は、仕事が軌道に乗った約20年前から一月の半分は欧米に 出張していたが、出張先からは毎日自宅へ欠かさず電話を掛けての近況報告があったので、妻には 全く不信感は無かった。 しかし、震災当日、愛人に買い与えた神戸市内のマンションで被災し、二人とも救出されて病院に運ばれ、愛人もA氏も危篤状態を乗り越え、一命を取りとめた。

そして、海外出張中と思っている妻に病院側がA氏の入院を伝えるのは当然の成り行きとなった。 妻は不審が募り、A氏の回復を待って調査を依頼した。

鋭意調査の結果、A氏は愛人に対しては独身で通し、近隣では海外出張の多いご主人と言う風評であった。 要するにA氏は、20年間妻と愛人との二重生活を、誰にもバレないように過ごし、各々の家庭を家庭の行事など も無難にこなしていたスーパーマンだった。 因みに、A氏の海外出張は一月の内の7日程度だった。 残りの3週間が二重生活だった。

A氏は、妻からは離婚訴訟を起こされ、愛人からは結婚詐欺で訴えられ、それぞれから慰謝料を取られ、 現在は悠々自適とはほど遠い単身の寂しい生活をしているとの事である。

遊び心から始まった生活が誰も傷つけてはいけないとしいう気持ちに変わり、その二重生活においては、 心の安らぐ時が無かったと聞かされました。 2倍の人生を歩んだA氏にとって、いま初めて寂しさを味わい、 老後の不安から最近は鬱状態であると聞知します。その反面、妻は元気に人生を謳歌して、今も当社の常連客です。

調査業は災害時であれ、平和な時であれ、必要不可欠な職業であり、苦しんでいる人々にとっては救世主であることを再認識し、調査業の社会的地位向上を目指してがんばっていきたいと思います。

 

新世紀を迎えて

例年であるが新年を迎える元旦の朝、健康と気力の充実を祈って床を後にする。

特に 本年の元旦の朝は、特別である。新世紀のスタートと昨年の大先輩 有本氏の逝去によって、健康と気力を 改めて考えさせられた。

調査業者には 不規則な睡眠と食事が宿命であり、この業を本業としてから約24年間、ストレスとの戦いであった。

油断すると健康を損ないそうになるが 気力が上回り病魔を退治してくれる。

幸い、大病に遭遇しなかっただけであるが、私は、この24年の間病欠したことが全くない。

インフルエンザで40度以上の高熱により、関節痛で全身が倦怠感であっても、必ず出勤してきたのも、気力だけが私を支えてきたのです。

最近の政治、経済、ビジネス等は、ご承知の如く驚くばかりのスピードでグローバルな変化を遂げています。 特に、IT革命といわれ変化の大きな時代にあって、何事があっても柔軟に対応していくために、 まず健康と気力の充実を努めないと時代の流れに乗り遅れてしまいます。

最近の若者は、コンピューターゲームやインターネット、メール等を 当然の如く、苦も無く 自然にマスターしますが、我々中年・熟年者には、抵抗があり拒否反応を示す方々が多いのは事実です。 調査業者からもそのような発言が多いように思われます。

私自身、当初拒否反応を示した一人として言えることは、決して難しいものではなく、 遊び感覚で ゲームや趣味の世界から入って何時間もモニターの前で悪戦苦闘しながら、 判らない事があれば恥ずかしがらずに、精通者に質問することです。

貴方の周りにも必ず精通者はおります。 今後、兵庫・岡山総合調査業協会会員の調査業者全員が、ホームページによる宣伝広告やメールでの情報交換を、現在のFAX感覚で扱えるよう普及させることが当協会長としての当面の目標の一つである。

厳冬経済が、なかなか終わらず調査業界においても本年も厳しい状況が続きそうであるが、ただ不安を募らせるだけではなく、「 明けない夜はない 」 を信じ安定した時代を期待し、日々自助努力で 「 調査依頼人に 慶ばれる調査 」 を当協会倫理綱領である、人権の尊重、職責の自覚、法令の遵守、適正な営業、秘密の保持、 自己研鑚、融和協調に基づいて 本年も携わっていく 所存でございます

 

調 査 業 と 私

今から約30年前、私が中学2年生の夏休みのある朝、父が突然「健一、今日の夕方からアルバイト をして欲しいんだが何か予定はあるのか」と不躾に質問され、私は「何も予定はないからアルバイト してもいい」と返答した。この会話が私が調査業界に入ったきっかけであるといっても過言ではない。

当時、丸刈りの中学2年生が父親の経営する興信所の調査員3人と共に神戸家庭裁判所からある 中年男性を尾行し、その男性の潜伏先を確認するいった単純な行動調査の補助要員として駆り出さ れた。

「相手は恐らく東京方面に潜伏しているから何も考えず相手の後を尾行して何処に住んでいるか だけ確認すればよい。相手は坊主頭の中学生が探偵だとは絶対に思わないから大丈夫だ。 唯、東京は神戸と違って人が多く混雑しているからピッタリとマークして絶対に離れるな」という指示と当時においては大金である交通費を渡されて行動調査を行った。

案の定、相手は新神戸駅から新幹線に乗車して一路東京へと向かった。 生まれて初めての東京であり大都会の中に当惑されながら父親の指示の如くピッタリとマークして、相手を追跡していた。 写真撮影等はベテラン調査員が死角を考えながら行っていた為私はただ後をつけるだけで良かったのである。

ところが相手がバスターミナル手前で走り出しドアが閉まる寸前に乗車し幸い私だけがそのバスに乗車することができ他の調査員は失尾してしまったのである。 現代と違い携帯電話もなく連絡もとれず、いよいよ素人中学生探偵と中年男性との一対一の単独尾行が始まった。 ここまで来れば開き直りの心境で「絶対に最後まで突き止めてやる」ということしか頭に無く郊外のバス停から暗い夜道を延々と尾行し薄汚いアパートの2階の部屋に入ったのを確認したのであった。

調査は成功したがそれからが大変で右も左も何も解らない中学生が事務所に連絡した後、調査員と合流するのに生まれて初めてタクシーに乗車し調査員と合流したとき涙が出そうであったのを今でも鮮明に記憶している。 成果を挙げたことで周囲から誉められアルバイト料も予定の金額の倍程もらって有頂天になり探偵の仕事は面白いという印象だけが残り、大学を卒業するまでは時々尾行調査のアルバイトをしてそれなりの成果を挙げてきた。

しかし、私は何の迷いもなくこの調査業の世界に入ったのではない。学生時代に調査業界の地位の低さや質の低さを散々味わい自分の一生を貫く仕事として選択していいのかどうかと迷った時期が あった。

それらを吹っ切れたのは、欧米の調査業界の地位の高さと父親が商売よりも協会の仕事を優先してまでも業法の獲得等を目指し後世のために業界の地位向上に紛争していたことであった。 「きっと調査業界も欧米並みに地位が社会の中で立派に確立される時期が日本においても必ず やってくる」と確信した。

しかし、20数年経った現在において若干ではあるが向上は見られたものの悪徳業者が跡を絶たず社会的な信用度の確立にはまだまだ努力を要する昨今である。

私は平成7年1月、阪神大震災によって自宅が倒壊し交通機関も全て麻痺した状態で身を持って経験した大きな収穫があった。それは、人間社会にとって衣食住の関連の次には調査が4番目に必要であるということである。 

被災者や家族が親族や知人の安否と居場所の確認に必死になっており、行方不明の人々の捜索依頼が相次いだのである。地震の後、皆が大変な状態に追いこまれていた中で私共に出来る事といえば、行方不明の方々を 出来るだけ早く見つけ出し、家族や知人の方々に安心してもらう事でした。

事務所も万全でなく、各地からボランティアが集まり、その様な状況下で正式な調査も出来なかった事もあり、約半年間、実費だけで調査を行い大勢の方々から感謝されました。

この地で長く活躍し、沢山の人々のお世話になってきたのに、どんなに無理な状況でも放り出せませんでした。

また、そんな時だったからこそ心底困っていた人々に対して仕事の域を越えたお手伝いができ本当に 良かったと思います。 この時、初めて調査業もまんざら捨てた物ではなくこれだけ多くの人達に感謝される仕事に従事して いる自分自身は幸せではないかと言うことと人間社会において調査の重要性を実感したのであります。

 
 
プライバシーポリシー / お問い合わせ /  会社概要
〒650-0033 兵庫県神戸市中央区江戸町98番1東町江戸町ビル205号 近畿調査株式会社 TEL:078-393-3034
Copyright Kinki Cyousa co.,ltd All Right Reserved  Powed by k-defense.jp